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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

KARISOME LONELY ONE ⑤ ※18禁1🔞

    第五章  背徳のネオン
「きゃあ、なにーっ?」
「ええーっ、待ってー!」
 カオル、マーシー、と呼びかけながら迫り来る女たちの手を振り切ると、雨宮と俺は扉を抜けて螺旋階段を一気に駆け上がり、そのまま渋谷の街中を突っ走った。
 こんな速度でダッシュしたのは高校の体育の授業以来だと思う。明日になったら一気に、筋肉痛に襲われそうだ。
 片や、いかにも学生、片や、けったいな破れシャツの金髪男。
 ひたすら走る俺たちを見て、仕事帰りのサラリーマン、街を行くカップルやら酔っ払いの集団など、すれ違う人々は皆、怪訝な顔をするが、雨宮はおかまいなしに走り続け、止まる気配はない。
 しばらくしてスピードは次第に落ち、さすがにペースダウンしてきた。見たこともない通りのビルの裏まで来ると、雨宮はようやく足を止めた。
 腕を太腿に置き、丸めた背中の支えにすると、肩を激しく上下させて乱れた息を整えながら、お騒がせ男は「……はぁ~、疲れた。さすがにキツイわ、運動不足がこたえたなぁ」などとかましてくれた。
「マイッたな、もう……汗だくになっちゃったよ」
 そちらを軽く睨みつけながらも、俺は愉快な気分に浸っていた。
 ライヴにお忍びで登場したのがマーシーの偽者とは知らず、必死になって追いかけてこようとした女たちの様子を思い出すと、痛快でたまらなかった。
「とか何とか言って、けっこう楽しそうだったじゃんか」
 雨宮はまたしてもニヤニヤしながら俺を見た。
「こんなに面白い体験ができるんだったら、マーシーに似てるのも悪くないって思ったんじゃねえの?」
「まさか。ニセモノだってバレたら、ボッコボコにされるに決まってる」
「バレないように、それらしく振舞ってりゃいいんだよ」
「できるかよ」
 とりとめのない話をしながら、俺たちはゆっくりと歩き始めた。
 雨宮がぽつりと呟いた。
「……本当に来てくれたんだ」
「開演時刻からはずいぶん遅れての到着になっちゃったけどな。俺が筋金入りの方向音痴だって、前もってきっちり説明しておくべきだった」
 渋谷の街をうろうろとさまよい、途方に暮れている俺を想像したのか、雨宮はクスッと笑った。
「ステージにいる間中、ずっと客席を探していた。クニちゃんが入ってきたのはすぐにわかったよ」
「演奏そっちのけで、か?」
「うん」
 そんなことで、プロとして務まるのかと言うのはやめた。
「だけど、オレたちが引き揚げる頃には帰っちゃってると思ってさ。その前に何とか捕まえたくて、それでさっきの方法を思いついたんだ」
「ったく、人騒がせなんだから。それにしても、あの建物から勝手に出てきたんだろ。後片づけがあるんじゃないの、やらなくてよかったのか?」
 リーダーに置いてきぼりを食らったメンバー四人はどうしているのか。
 心配になって訊くと、
「ああ、大丈夫。みんな承知してるから」
「承知してる、って」
「今からダチと飲みに行くとか、女が待ってるからお先にとか、いつも勝手なこと言うヤツいるんだよ。特にリュージ、その次がテルかな。まったくふざけた連中だぜ」
 イケメンと女好きは比例しない。ルックスのいいヤツがモテるとも限らないのだろうと納得した。
「後始末任される回数、オレが一番多いんだ。だから、たまには先に出たってバチはあたらないだろ」
「まあ、たしかに」
「今から客席でおもしろいことやってくるから、そんでもってそのまま逃げるから、あとはヨロシクって感じで」
 おもしろいことの内容は伏せておいたと言うが、パニックと化した会場をどう収拾つけたのか。
 四人の嘆きが聞こえてくるようで、少々気の毒になった。
「オレらの曲、聴いてみてどうだった? やっぱり古臭いって思った?」
「そうでもないよ。俺としては嫌いなノリじゃない」
「よかった。明日も頑張ろうって元気が湧いてくるコメントだ」
「おおげさだな」
「マジでだよ」
 妙に湿った、生温かい夜風が頬をかすめてゆく。
 しばし俺が無言になると、雨宮はうつむいたまま、再び呟いた。
「来てくれて……本当に嬉しかった」
 言葉に込められた強い想いを感じて、俺はどうにも落ち着かなくなった。
 今すぐ彼の手を強く握りしめたい。その細い肩を、腰を抱いて、キスをして、それから……
 だが、邦彦よ、そんな真似をしていいのか? おまえたちは友達同士、二人でそう決めたはずじゃないのか? 
 そう自問自答すると、身体の中に湧き上がってきた衝動を堪えながら、俺はわざと雨宮から視線を逸らした。
 目的もなく歩いているうちに、俺たちは広い通りへと出た。
 雑踏──クラクションの響き、大勢の人が行き交う足音、派手なネオンサインと、どこからか流れる賑やかな音楽に、意識が次第に奪われてゆく。
 飲みに行こうと雨宮が誘ってきた。
 彼の酒癖の悪さは覚悟の上、それでもこのまま帰る気にはなれなかった。
 俺は雨宮が好きだ。
 そう思うのは彼が初めての親友のようなものだから、深い友情を感じているから、じゃない。
 彼が俺にそういう気持ちを抱いたと知って、そのことに引きずられて好きになったわけでもない。
 赤い唇に出会った時から、俺の心の中には雨宮がいた。
 ここにきて、自分の胸の内にやっと向き合うことができた。もう何と言われようとも、その想いを誤魔化すことはできないし、嘘もつけない。
『俺はゲイじゃないと誓ってもいい』
 そんなふうに主張する気はとっくに消え失せていた。
 おまえはゲイだから雨宮が好きなのだとなじられれば、「はい、そのようですね」と認めるつもりだ。覚悟は決まっている。
「じゃあさ、あの店に行こう。ここから一番近いし、焼き鳥が美味くて安いしさ」
 嬉しそうにはしゃぐ雨宮の顔を、目を細めて見つめる。
 帰れない、帰りたくない。大好きな雨宮とずっと一緒にいたい。
 これからどうなっていくのかわからない、そんな自分を持て余しながら、俺は黙って頷いた。
    ◆    ◆    ◆
 予想どおりベロベロに酔っ払った雨宮を連れて、駅へ向かう道を歩いているうちに、ポツリポツリと雨が降ってきた。天気が崩れるなんて予報は聞いていなかったと、恨めしく思い、空を仰ぐ。
「クニちゃん、ごめん」
 耳元で小さな声がする。
 申し訳なさそうに俺を気遣う様子に、胸が強く揺さぶられた。
「嬉しくてつい、飲み過ぎちゃった」
 それは俺も同じだった。かなり酔いがまわっていて、身体がいうことをきかない。
 雨脚は次第に激しくなり、急ごうとしたつもりが、却って足がもつれる。
「どこかで雨宿り……」
 そいつは酔った勢いか、それとも気の迷いなのか。
「帰りたくない……」
 雨宮の呟きか、それとも俺の心の声だったのか。
 一瞬のうちに火がつき、燃え上がった俺たちの感情はそのまま激しさを増し、気がついた時、その歩みはラブホテルが連なる道に逸れていた。
 俺は左手で雨宮の肩を抱くと、ネオンに吸い寄せられるようにして、そのうちの一軒の前に立っていた。
「ここで雨宿りしていくか」
「……うん」
 空いた方の手をギュッと握りしめ、彼は俺の胸に頬を寄せた。そんな仕草も愛おしく思えて、昂ぶる気持ちが抑えられなくなってきた。
 部屋が決まるとそのドアを開けるのももどかしく、中に入ったとたんに、俺は雨宮の唇を吸った。
 互いの舌を絡め、蜜を舐め合う、何度も繰り返す激しいキスに眩暈がする。
 そのままダブルベッドの上へと倒れ込むと、俺は彼の豹柄のシャツを脱がせた。
 露になった白い肌からはいつもの青白さが消えて、ほんのりと淡い桜色に染まっていた。
「そんな……見ないで。ライト消して」
「イヤだ」
「お願い、恥ずかしいから」
 顔を両手で覆い、うつ伏せようとする雨宮の身体を無理やり仰向けにして、その上にのしかかる。
 白い肌の上に乗った二つの小さな乳首はどの女のものよりも可憐なピンク色だった。それを口に含み、舌で転がすようにすると、彼は小さく喘いだ。
 もう片方を左手の指で愛撫すると、喘ぎはますます激しくなった。
「あん、あっ、ああ」
 男を抱いているという意識はあまりなかった。改めて考える間もなく、俺は彼の乳首を攻め続けることに没頭した。
「やっ、あっ」
 相当ここが感じるらしく、身体をくねらせていた雨宮はやがて俺の右手をつかむと、自分の下の部分に導いてきた。男同士ではどういうふうにやるのか、初心者の俺を指導しているつもりなのかも。
 興奮で膨張しているために、その部分はいくらか盛り上がっている。
 服の上からとはいえ、ほかの男のモノを触るなんてもちろん初めてだ。ギクリとして手を引っ込めると、
「あ、ごめん」
 そう言って、彼はうなだれた。俺に拒否されたと思ったに違いない。
「オレに合わせようなんて、無理しなくていいから」
「そんなことない。ちょっとびっくりしただけで……」
 俺はおそるおそる、その場所に触れた。硬くなったペニスは黒革パンツの中に、窮屈そうに納まっていた。
 下着を下ろされ、表に引っ張り出されて恥ずかしそうにしているそれを自分でするように、ゆっくりと扱いてみる。
 何度かそうしただけで、雨宮はイッてしまった。こいつ、しばらく溜めていたのかと思ったが、
「自分で処理してたんだけど」
 上半身を起こした彼はベッドの脇のテーブルにあったティッシュで後始末をしながら、俺の心の中の疑問に答えてきた。
「昨夜もヤッた。クニちゃんのこと考えながら、しこしこと」
「やめろ、恥ずかしい」
「だって……」
 またしても悲しげな顔をするのを見て、俺は慌てて慰めた。
「悪かった。それだけ俺のことを考えてくれていたんだよな」
「だって今夜、こんなふうになれるなんて、思ってもみなかったから……」
 薄く頬を染める様子を見た俺はたまらなくなり、彼のすべての服を剥ぎ取った。
 俺自身も全裸になる。いきり立つペニスを見て、雨宮の顔に朱が走った。
「クニちゃん、それ」
「今度はおまえがしてくれるの?」
 うん、と頷いた彼は俺に、仰向けになるように合図をした。
 それから俺の太腿にまたがるようにするとうつむいて、顔を下腹部の位置にもってきた。
 次に何が行われるのか、うすうす気づいてはいたが、まさか本当にやるとは思ってもみなかった。
 雨宮は俺のペニスを口に含んだのだ。あの艶かしい、赤い唇が俺の……
 ハッとしたその瞬間には既に、下半身からの強い快感が押し寄せていた。
 雨宮の舌は棹の部分から先端までをねっとりと舐め上げてきた。かと思えば、棹を強く吸い込むように緩急をつけてくる。たいしたテクニックだ、こんなにいい思いをしたのは初めてだった。
 ざらざらとした舌の、生温かい感触に包まれて、俺は思わず「ううっ」と呻いてしまった。
 睾丸を指で弄びながら、彼は「どう、気持ちイイ?」と訊いてきた。
「イイなら、イッちゃってもいいよ」
「そんな」
「遠慮しなくていいから」
 お言葉に甘えて、というわけではないが、俺は我慢しきれずにとうとう精液を放ってしまった。
 すると雨宮がそれをゴクリと飲み下したので、俺は急き込んで「えっ、飲んだの」と尋ねた。
「うん。そっちも溜めてたんだね、味がけっこう濃いぜぇ」
「そんな、味の濃さなんてわかるのかよ」
 濃度はともかく、かなりマズイものだと聞いている。
 それを「クニちゃんのが飲めた」などと喜んでいるなんて、おかしいやらカワイイやらで、俺は再び彼を抱き寄せると、その身体を横たえて、全身にキスの雨を降らせた。
「カオル、って呼んで」
 潤んだ大きな瞳がこちらを見つめている。たまらなく愛しい。
「薫……」
 汗ばんだ肌と肌を絡ませているうちに、一度は果てた俺のペニスが復活してきた。しっかりと勃起した先端が腰の辺りに触ったのを感じてか、
「ここに」
 雨宮は──薫は俺の手をとり、今度は自分の後ろの秘所へと持っていった。
 男と男のセックスはそこを使うことぐらい、俺にだってわかる。だが、実際に触れるとなると、さすがに緊張した。
「ここに……挿れて」
 甘い囁きに気持ちが昂ぶり、身体が震えてきた。
「指でいいから」
「わ、わかった」
 大きく深呼吸をした俺は秘所の周りを指でなぞり始めた。
 そこはギュッと頑なに閉じていたが、ゆっくりと撫でているうちに、緩んでくるのがわかり、人差し指を入れてみた。
「もう少し奥へ」
 しめつける圧力を指に感じながら、俺は奥の部分を探った。
 右に左に、肉の襞を掻き回すと、薫は「ああっ」と声を上げて、身体を仰け反るようにした。
 人差し指だけでは心もとないので、中指も入れてみる。二本に増えた分、快感も増したのか、指の動きに合わせて、彼はしばらくのた打ち回った。
「クニちゃん、欲しい」
「欲しいって?」
「わかってるくせに」
 改めて訊くのもマヌケだが、マヌケついでに「つけた方がいいの?」などと、重ねて訊いてしまった。
 そうだ、男は妊娠しないんだった。目まぐるしい展開に、すっかりとち狂ってる。
「どっちでもいいけど……クニちゃんさえよければつけて。あとが楽だから」
「そうなんだ」
 俺は指を抜くと、薫の股を大きく広げるようにして位置を確認し、ゴムをつけた自分のペニスを挿れた。
 上手く入るかと心配したが、先端のゼリーのお蔭でスムーズに成功。
 挿れたとたんに強くしめつけられて、あっという間にイキそうになるが、そこをグッと堪えて息をついた。
「は……あ……」
 こんなにイイものだとは思ってもみなかった。かなり使い込んであった深雪のアソコよりも、何倍もいい。
 俺の腰の動きに合わせて、薫も身体を激しく揺すった。ベッドが軋み、二人分の汗が飛び散る。
「もっと、もっと」
 薫は俺にしがみつくと、奥を突いてくれとせがんだ。
「あん、あぁん」
 嬌声を上げ、俺の名前を呼び、彼は貪欲に求め続けた。
 その欲求に応えようと、俺は萎れたペニスに鞭打ち、後背位に騎乗位と、体位を変えてはセックスに興じた。
 一晩でこんなにもヤッたのは初めてだった。目の前が黄色くなってきた俺は何度目かに果てたあと、ベッドに倒れ込んで動けなくなってしまった。
    ◆    ◆    ◆
 気がつくとチェックアウトぎりぎりの時刻になっていた。
 このまま大学に行った方が早いのはたしかだが、財布とケータイだけを持って出た状態では授業にならないから、いったんアパートまで帰るしかない。
 慌ててホテルから出ると、昨夜の雨模様とは打って変わって、空に輝く太陽の光がとても眩しい。
 その明るさが二人の犯した、淫靡な快楽の一夜をなじっているような気がして、俺は太陽に背を向けた。
 同性愛──男同士で愛を語り、肉体関係を結ぶ。この国にはそういった歴史もあるし、現代社会においても取り立てて驚くべきことではないと思う。
 今、この場所で、もしも大声で事実をカミングアウトしたところで、たいした事件にはならない。
 人々は「へえー、キミにはそういう趣味があるんだね」と応えたあと、好奇心と、いくらかの嫌悪と軽蔑が入り混じった眼差しで俺を見つめる、それで終わるだろう。
 だが、薫との関係はこれまで自分が生きてきた世界で培われた常識では許されないことだ。恋愛とセックスに対する感覚が古いと言われようが、昔ふうの考えに縛られていると言われようが、だ。
 薫が好きだと認めたくせに、自分の気持ちに嘘はつけないなどと、大層に御託を並べていたくせに、その上、さんざんヤリまくったくせに、酔いと興奮が醒めて一夜明けたら、このザマだ。
『男同士で、こんなことになってしまっていいのか?』
『これから先も、こいつとの関係を続けるのか?』
『もう普通の男には戻らず、異性愛は切り捨てるのか?』
 俺自身の中にある古臭い価値観が揺さぶりをかけてくる。
 そのせいで、お互いの気持ちが通じ合った嬉しさよりも関係を持った後ろめたさ、正の感情よりも負の感情から、俺は井の頭線の中でも、小田急線の中でもうつむき、黙りこくったままだった。
 薫は俺を気遣っているらしく、少し離れた位置に立って吊り革につかまり、あくびをかみ殺していた。
 金髪に豹柄男も街では珍しい存在ではなく、誰に敬遠もされずに、周囲の雰囲気に馴染んでいる。
 やがて大勢の乗客が乗ってくると、彼の姿は列車内の光景に溶け込んでしまった。
                                ……⑥に続く