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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

ジェミニなボクら ④

    第四章  夜の絶景露天風呂
 ようやく晩餐がお開きになり、四階のエレベーターの前で慧児たちと左右に別れた昴と銀河はふらふらしながら、自分たちにあてがわれた部屋へとたどり着いた。
 広さは十畳、いやもう少し広いだろうか。入ってすぐ右側にユニットバスがあり、反対側にはウォークインクロゼットが、さらに中へと進むと、ラタンのテーブルを挟んでベージュ色のソファが一組、向かい合わせに置かれている。
 奥にはサイドテーブルを間にセミダブルの大きさのベッドが並び、その向こうにコバルトブルーのカーテンがかかった大きな窓がある。窓の外には海の景色が広がるオーシャンビューだが、今はもちろん、どっぷりと深い闇に包まれていた。
 ソファに倒れ込むように座った銀河はつくづく感心した様子で語った。
「あの二人、すごい飲みっぷりだったね。次から次へとお酒が運ばれてきて、ボクなんかほとんど飲んでないのに、自分が酔っ払った気分になっちゃったよ」
 向かいのソファに腰掛けた昴は兄の言葉に相槌を打った。
「マイッたよなぁ、まったく。ありゃザルなんてもんじゃないぜ、負けた。このオレが完敗だなんて信じられねえ」
「経費として全額を計上するなんて、とてもじゃないけどできないから奢りなんだって。天宮さんが話してくれたけど、その理由がわかったよ」
「ほとんど酒代ってことだな。まあ、あいつんちは金持ちだからガンガン使ってもいいけど、オレたちならとっくに破産だぜ。あーあ、マジで疲れた」
「ほんと、くたくた。今日の分の取材のまとめはちょっと無理だなぁ」
「かと言って、眠くはないんだけど……そうだ、こういう時には風呂だ。兄貴、大浴場に行かねえか? 展望露天風呂があるって案内に書いてあったけど」
 銀河はとんでもないと首を横に振った。
「ボクはもうダウンだよ。脚もまだ痛いし、そこまで行ってお湯に浸かれる状態じゃない。悪いけど一人で行ってきて」
 そのあとすぐにシャワーを浴びると、銀河は早々にベッドへ潜り込んでしまい、取り残された気分の昴は仕方なく着替えを手にして、大浴場のある五階へと向かった。
 ここがこのホテルの最上階で、客室はスイートルームのみ、施設としては大浴場の他にスカイラウンジ、つまりバーがある。
 夜景を眺めながら酒を楽しむという趣向なのだろうが、見渡す限りの真っ暗な海では夜景も何もあったものではないんじゃないかと、昴は内心突っ込みを入れながら階段を上がった。
 脱衣所の時計は十一時近くを示している。もともと宿泊人数が少ないせいもあって、この時刻になると入浴している者はおらず、ひっそりとしていた。
 衣服を脱ぎ、浴場の扉を開けると、広々とした湯船から湯煙がもうもうと立ち昇る。ここからも海の景色が眺められ──月が出ているので、想像していたほど真っ暗闇ではなかった──温泉ではないがそれなりにムードは満点だ。
 すっかり上機嫌になった彼はボディソープを使い、次に洗髪を済ませて、タオルを頭に巻いた格好で浴槽に飛び込んだ。
「はあ~、極楽極楽」
 程よい湯加減に、年寄り臭いセリフが口をつく。仕事とはいえ、旅の醍醐味を味わわずして帰るのはもったいない。
「やっぱり大きな風呂はいいよなぁ。家に帰ったら、またあのユニットバス生活かと思うとうんざりするぜ。兄貴のヤツ、残念がるだろうな」
 誰もいないので鼻歌を歌うのにも遠慮はいらない。お気に入りのバンドの曲をメドレーで歌ってみた。エコーが効いてカラオケボックスよりも上手く聞こえる。
 しばらくして、さっきまで一人きりだったこの場所に人の気配がした。
 こちらに入ってきたのは中年男性客の二人連れだったが、大声で談笑する彼らの声が浴室内に響いていたのと、素肌を包む心地良さにうっとりしていたせいもあって、昴はそのあとから続いて入ってきた二人組にまったく気づかなかった。
 ぽちゃん、と湯に浸かる音がしたとたん、
「ギーンガちゃ~ん」
 いきなり後ろから抱きつかれて、昴は「ひぇぇっ」と悲鳴を上げた。
「なっ、何しやがる!」
 振り返るとそこに、きょとんとした顔の光がいた。
「あれ、銀河ちゃんが入っててラッキー! と思ったらスバルっちだった。ゴメン、後姿がそっくりで間違えちゃった」
 双子の兄弟を見分ける手掛かりのひとつである髪をタオルで隠す形になっていたため、光は風呂に入っていた昴を銀河だと思ったらしいのだが、思い込みもここまでくると、呆れるを通り越して感心してしまう。
「……そりゃまあ、オレたち双子だから、後姿も似ていて当然だけど」
「そうだよね、アッハッハ」
「アッハッハじゃねえよ!」
 悪びれもしない光にムカッ腹を立てる昴だが、相手は平然として「じゃあ銀河ちゃんは来てないの?」と訊いた。
「脚が痛くて風呂に入れないってさ」
「そうか、残念だなぁ」
 光の登場にもしや、と思っていたら、その背後から慧児が現れた。少し痩せぎすだが均整の取れた身体で、肌が抜けるように白い。
 まさかここで彼のヌードを拝む羽目になるとは──風呂場で裸は当たり前だが──動悸が激しくなってきた。
(男の裸に動揺するなんて、かなりヤバイよなぁ、オレ)
 それも、光やその他の男を見ても何ともないのに、慧児に対してのみのこの反応、ふわふわ気分から始まった勘違いはそうとう重症なのではないか。
 洗い場の椅子に腰掛けた慧児はチラリと昴を見て、それから光に非難めいた視線を浴びせた。
「いいかげんにしろ。いきなり抱きつくヤツがあるか」
「いやあ、失礼しました」
 飄々とした光に対して、慧児の苛立ちが感じ取れる。
 何かにつけて銀河、銀河とうるさい相方に妬いているのかと思い、『そのこと』にこれまた嫉妬する自分を意識して、昴はどうしようもなく焦った。
 光は銀河に、慧児は光に、そして昴自身は慧児に気持ちが向いているとしたら、救いようのない四角関係ではないか。
(だぁーっ! 何が四角関係だ、それって兄貴も巻き込んでのゲイ問題ってことじゃん。もうオレってば、さっきからどうかしてる。つまんないこと考え過ぎだって!)
 慧児がシャワーを浴びて立ち上がった。この湯船に入ってくるのかと緊張が走ったが、そのまま屋外へと向かったため、気勢を削がれた昴は彼の背中を目で追った。
「おーい慧ちゃん、何だよ、先に露天に行くのかよ。言ってくれりゃお供したのに、冷たいじゃないか」
 そう言ったあと、光は急に小声になり「スバルっちにちょっと相談があるんだけど」と切り出した。
「相談って?」
「俺とベッドを交換してくれないかな」
「はあ?」
「俺がそっちの部屋で、スバルっちのベッドに寝るから……」
 昴には光のベッドで寝て欲しい。そういう意味だとわかったとたん、昴は慌てた。
「なっ、何でオレがそんなこと」
「俺さぁ、銀河ちゃんとあまーい一夜が過ごしたくって。ずっと前から好きなんだ、こんなチャンス、滅多にないからぜひ、お願いしたいんだけど」
「はあぁぁぁぁっ?」
 それは光と銀河が一夜を共にする、つまり深い関係になるという意味だと、改めて解説するまでもない。
 ベッドの中で光に寄り添い、幸せそうに眠る銀河──とんでもない映像が頭の中を駆け巡る。気が変になりそうだ。
「ねえ、いいでしょ?」
「……って、いいわけねーだろっ! そんなヤバいこと、オレが手助けするとでも思ってるのかよ」
「ダメ?」
「当たり前だろ。そっちはそういう趣味なんだろーけど、兄貴はフツーの男だ。ゲイじゃない、ノーマルなんだから、ミョーな道に巻き込んだら承知しねーぞっ」
「やっぱり無理かなあ」
「それに、今夜は疲れたからって、シャワー浴びてとっくに寝てるって」
「えー、もう寝ちゃったの。残念」
(何考えてるんだ、こいつ)
 ゲイ道に巻き込むなという脅しにメゲる様子もなく、あっけらかんとしている光を見て昴は脱力してしまった。
 それにしても、ずっと前から好きとはどうだ。光は銀河に気があるのではという予想は正しかったが、それでは慧児との噂はデマ、特別な仲ではないのか。そこを確かめる気力はさすがに持ち合わせていない。
 でもまさか、お相手の目の前で、別の男の部屋に行ったりはしないだろう。いくら慧児のように冷静な男でも、ひと悶着起きるのが当然の展開、それを予測できないほど光もバカじゃないはずだ。
(待てよ、ベッドを交換するってことは……)
 昴自身は慧児の隣で寝る、遅まきながらそれに気づくと、全身がカーッと熱くなった。もちろん湯の温度が上がったせいではない。
(うわっ、オレってば何考えてんだ。そんな展開になるわけねーじゃん)
 噂がデマなら、慧児自身のゲイ説も怪しくなってくる。彼がノーマルならば誰が、つまり昴が隣に寝ていようと問題ナシだが、勝手な想像は膨らむばかりだ。
 うろたえる昴を気にするでもなく、それならばと光は次の作戦を持ちかけてきた。
「銀河ちゃんは明日も自転車には乗れそうにないんでしょ?」
 いかがわしい世界から引き戻された昴は「えっ? ま、まあ」と曖昧な返事をした。
「あの怪我の状態じゃ、しばらく乗らない方がいいよ、無理は禁物だって。だからさ、自転車は使わずに、俺たちと一緒に車でまわればいいじゃん」
「一緒に取材ってこと?」
「うん。そこで銀河ちゃんに大接近するんだ、なかなかイイ考えでしょう」
 ベッド交換ほど過激かつ、一気に展開するものではないが、銀河が光の餌食になるのは同じである。
 だが、今の昴にはさっきのように強く反対する気力はなく、だからといって手放しで賛成するわけにもいかなかった。
 銀河の脚に関しては光の言うとおりで、大接近の企みを差し引いても車に乗せてもらえるのは大助かりなのだが、彼らにはさんざん反発してきたくせに、これ以上世話になるのも癪。その思いがブレーキをかける。
「そうと決まったら、さっそく慧ちゃんにも話つけなきゃ。行こう」
 そうだ、明日、光と銀河が同行するなら、慧児と自分も同様ではないか。
 今までのポリシーをそう簡単に曲げるわけにはいかず、わくわくする気持ちを抑えることもできずに、複雑な感情を抱えた昴は誘われるまま露天風呂へと移動した。
 岩を積み重ねて作られた石垣風の大きな湯船を水銀灯の光が薄く照らしている。いくらかぬるめの湯だが、この季節ならばそれほど寒くはない。
 海を渡ってくる夜風も爽やかで、昴は遠くに見える海上の灯りを見つめた。
「……そうしようよ、ねっ、慧ちゃんもいいでしょう?」
 光がさっきの話を慧児に提案すると、昴をチラリと見やった彼は無表情のまま、何も答えなかった。
(おい、その沈黙は何なんだよって)
「ねえ、聞いてる? 慧ちゃんってば、返事は?」
 光のしつこい問いかけにようやく返った答えは、
「別にかまわないが、僕たちの……」
 不服そうに見える慧児の反応を前にして、昴は少なからずショックを受けた。彼は自分たち兄弟の同行を望んでいないと思い知らされた気がした。
 さっき示してくれた親切やら、車の中での態度が特別だったのだ。元々こういう厭味なしゃべり方をするヤツで、これが通常形態なのだと承知しているはずなのに、全身を小さな棘で突かれたような、チクチクとした痛みを覚える。
 彼に惹かれているなんて信じたくないけれど、意識すればするほど、相手の些細な言動が気になるもの。冷たい態度を取られればなおさらだ。
 星川兄弟とは一緒に行きたくない、光と二人きりで取材したい。そう思っているのだと早合点した昴のチクチクした痛みは即、ムカムカ指数に変化し、その値は急上昇。思わず「僕たちの邪魔はするなって言いたいんだな」と、相手のセリフの先回りをした。
「そんなふうに言われてまで、車に乗せてもらうつもりなんてねえからな! 兄貴が動けないなら一人で取材するから、オレたちのことはほっといてくれ。ケータイで連絡しながらやれば何とか……」
「慌て者だな、そう先走るな」
 ムキになる昴を押しとどめると、慧児はやんわりと諭した。
「僕たちのコースと一緒でよければと言いたかっただけだ。銀河くんにも彼なりの考えや計画があるだろうし、都合が気になったんだよ。こちらの存在が邪魔になっては申し訳がないからね」
「そ、そういう意味かよ」
 この早とちり、赤面モノだ。
「銀河ちゃんならオッケーしてくれるよ、きっと。俺が口説いちゃうから任せておいて」
(口説くだなんて、ただでさえゴタゴタなのに混ぜっ返すんじゃねえよ、このボケ)
 呆れる昴に目配せすると、サウナに行くと告げて光はとっとと湯船から上がった。露天風呂に慧児と二人きり、取り残された昴は上がるタイミングを失ってうろたえた。早とちりをしたばかりなので、なおさら居心地が悪い。
「オ、オレもサウ……」
 そう言いかけたものの、
「あそこに見えるのは他の島の灯りか。四国じゃなさそうだな」
 風呂の海側の縁に身体を預けながら、慧児がそう呟いたため、自分に話しかけているのかどうかもわからずに、昴は口をつぐんでしまった。
 さすがに寒くなってきたので、肩までどっぷりと湯に浸かり、首から上だけを出した格好になっている。
「いい眺めだ」
(そうかぁ? 真っ暗でなあーんも見えないけど)
「しばらくこのままでいたい気もするが、湯当たりしてもかなわないしな」
 湯当たりするほど熱くはないと思うのに、こちらに向き直った慧児は予想もしなかったセリフを口にした。
「風呂から出たら、少しの時間でいいから僕につき合ってくれないか」
「……えっ?」
 つき合う、という言葉に過敏に反応した昴は思わず湯を飲み込みそうになった。
「スカイラウンジがあるだろう。カクテルでもどうかなと思って」
「カ、カ、カクテルって、マ、マ、マティーニとか?」
 酒ならさっきのレストランでたんまり飲んだくせに、まだ飲むのかよという突っ込みはこの際、後回しである。
 口ごもる昴に意外なほど柔らかな視線が注がれて、彼はマティーニの代わりにとうとう湯を飲んだ。
(うへぇ、何かしょっぱい)
 それにしても、カクテルなどという小道具を持ち出すとは、まるで女を口説いているみたいではないか。
(まさかこいつ、オレを口説いてる?)
 それもナンパのような手法で、だ。相方の光が銀河口説き発言をしたことへの対抗か。またしてもそういう理由なのか。心が振り子のように揺れる。
「カクテルがイヤなら、ビールでも何でもあるだろうし」
 いや、今問題なのは酒の種類ではなく、あんたがオレを誘っている、その行為だと口にできないままの昴に、慧児は彼が乗り気でないと思ったらしい。
「疲れているなら無理にとは言わないが……銀河くんの様子も気になるだろうしね」
「それはまあ、その」
 うまく切り返すことができずにあたふたしていると、少し寂しげな溜め息をついた慧児は「悪かった」と呟いた。
「明日も早いから、さっさと寝た方が良さそうだ。つまらない話をして済まない」
 そうじゃないんだ、本当は一緒に行きたいって、そう思って──
 告げられるはずもない言葉を持て余す昴に目礼すると、慧児は背中を向け、露天風呂をあとにした。
 取り残された昴はしばらくぼんやりと湯船にとどまっていた。胸にポッカリと穴が開いた気分だった。
                                ……⑤に続く