Welcome to MOUSOU World!

オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

PROMISEHERO009(覚醒編 BLVer.)⑦(最終章)※18禁🔞

    SCENE №007

 パトカーの赤いランプが去っていくのを見送ると「無事解決ですね」と言って立花は微笑んでみせたが、こちらの二人は浮かない顔をしたままだった。
 簡単な事情徴集とはいえ──詳しくはのちほど立花が説明しに行くということで開放されたのだ──刑事に質問されたのは初めてだ。これまでにない疲労が隼人を襲った。
「二人とも疲れたでしょう。車で来ていますから、とりあえず戻りましょうか」
 商店街専用の駐車場に停めてあったPHカンパニーのロゴ入りの銀色ワゴンに乗り込むと、立花がアクセルを踏んだ。
 後部座席に尊と並んで座った隼人は腕組みをした難しい表情をチラリと盗み見た。
(怒ってるのかな、当然だよな……)
 助言を無視して勝手な行動を取ったのだから無理もない。
「犯人逮捕でめでたしめでたし」だったから良かったものの、違う結果に終わったら目も当てられなかっただろう。
「それにしても盗聴されていたのが事務所内ではなく、我々の携帯電話だったとよくわかりましたね」
「はあ……」
 無言のままの尊を気遣いながら、隼人はハンドルを握る立花の問いに答えた。
「泉泰大のキャンパスで会ったときにあの人がオレを見て、海城さんに向かって『優秀なる弟分を連れて大学見学か』と言ったんですが、その言葉が心のどこかにずっと引っかかっていたんです」
「優秀なるとは、指数の高さを示していたのですね」
「そのときはピンとこなかったんだけど、よく考えてみたらおかしいって。オレがあの人と初めて会ったのはひまわり保育園の交通安全教室で、シグナルレッドの格好だった。つまり素顔は見ていないはずだから、オレが十文字隼人だと自信を持って言えるのは変じゃないかって思ったんです」
「わざわざお互いの顔合わせをする会社ではないのに、彼がキミのことを知っていたのは私たち三人の、それぞれの通話の内容を聴いていたからというわけですね」
「ええ。オレたちのキャンパス見学を知って先回りしていたのかもしれません」
「絶対に盗聴されない電波を使っているから安心だというのが盲点になっていた。彼はM&Gのアルバイトで機械には詳しい工学部の学生だ、盗聴器の作成なんてお手のものだったのでしょう」
「犯人像が明確になって盗聴の件をクリアすると、あとの問題はすぐに解決しました。海城さんがどこの現場に行ったのかも、その先の予定も筒抜けになって当然だって」
「私と海城くんはもっぱら通話でやり取りしていましたからね」
「……メールが苦手だったから」
 尊がぽつりと呟いた。
「それで、今度は盗聴を逆手に取って罠が仕掛けられないか考えてみたんです。まさかケータイの盗聴がバレてるなんて思ってないだろうから引っ掛かってくるかも、なんて。ちょっと博打でしたけど」
「北通りへ全員で向かうと見せかけたあの会話ですね。キミの一人芝居を聞いてハッとしましたよ」
「最高の返事でした。さすが社長さんだって感激しました」
「そして彼は海城くんを妬み、憎らしく思っていた、というのは察しがつきます。同じ年齢で同じ大学の医学部に在籍している海城くんは自分がはじかれたバイトにおいても、エナジー指数の最高値保持者であり、我が社のナンバーワンである。その存在を貶めてやりたかったのでしょうね」
「だから海城さんが見回りを終えた『はず』の南通りを選んだ、ってわけです」
 すると尊はゆるゆると首を振った。
「いや、もうナンバーワンは俺じゃない。おまえの凄さがよくわかった。俺は弟分という言葉を聞き逃していた。完敗だ」
「そんな、指数がナンバーワンとか勝ち負けなんて関係ないですよ。海城さんが駆けつけてくれなかったら、犯人を取り逃がしていたと思います。オレってばツメが甘くて、あの人の嘘に動揺しちゃって……本当にありがとうございました」
 尊は優しげな、それでいて切なげな目で隼人を見つめた。
 PHカンパニーの事務所がある例のビルに到着すると、立花は隼人を家まで送るよう、尊に命じた。彼の車はここの駐車場に置いてあり、二人で社用車にて移動したのだ。
 今度は黒のクーペに乗り換えて、尊と隼人は宵闇の中を進んだ。家を抜け出して何時間経ったのか、それすらもわからないほど疲労困憊している。それでも助手席に座っていられるのは幸せだった。
「優秀なる弟分か……」
 事件解決のキーワードを再び口にしながら、尊はふいに言った。
「俺には弟分はいらない。俺に必要なのは互いを支え、信頼し合い、協力できる対等な立場のパートナーだ」
(そうだよな、当然じゃないか)
 家庭教師云々は後輩を思う親切心あってのこと。指数の高さに期待していたのに、足手まといになるだけの弟分なんて、実戦では迷惑でしかない。
 あと一歩のところで高森を取り逃がしそうになったことを言われているのかと身がすくんだが、そうではなかった。
「おまえにはその資格がある」
「し、資格って……海城さんのパートナーってことですか」
「これからもよろしく頼む」
 頼りないと責められていたのではないとわかると安堵感が広がったが、それと同時に失望も感じた。
 仕事上でのパートナー、それ以外の、それ以上の何者でもない存在──隼人が想うほど、尊は自分を想ってはいない。現実を突きつけられて胸が痛んだ。
 必死で放火魔探しをしたのも、決死の覚悟で乗り込んだのも、犯人逮捕によって尊がクビになるのを回避したかったから。二人の唯一の繋がりであるバイトの場を失くしたくなかったから。
 だが、この調子では職場での関係はそのまま、どこまでいっても二人はバイト仲間でしかないのかと思うと辛さが増した。
(仕方ないか……海城さんと一緒にいられるだけでも良かったと思わなきゃ。これ以上贅沢言ったらバチが当たる)
 十文字家の門が見えてきた。父も母も、息子が家を抜け出ているとは知らずに安らかな寝息をたてていることだろう。
 二人を起こさないように、開けっ放しにしておいた窓から再び入ろうとベルトを作動させたがスーツが装着されない。それどころか立っているのも億劫になってきた。
「あれ、さっきも上手くいかなかったけど、どうしちゃったんだろ」
「おまえの体力が低下しているからだ。指数が高いからといって個人の持つエネルギー量が多いわけではない。むしろバトルモードを使う機会が多いから、比例してエネルギー消費も多い。今日は長時間バトルモードを使ったし、精神的にも疲れたはずだ。そんなおまえのエネルギー残量を察知したベルトがストップをかけているんだ」
「そうか……困ったなぁ」
「俺が連れていこう」
 黒いスーツ姿になった尊は隼人の身体を抱き上げると、二階の窓に軽々とたどり着いた。彼に抱かれている、その行為が隼人の心臓の高鳴りをさらに激しくさせた。
(海城さんとこんなふうになんて夢みたいだ。エネルギー低下も悪くないな)
「ここから出たのか。開けたままとはずいぶんと無用心だな」
「すいません」
 靴を脱ごうとしてよろけた隼人を支え、尊は彼をベッドの脇まで連れて行くと、その身体を横たえて慈しむように言った。
「相当疲れた様子だな。ゆっくり休め、わかったな」
 入って来た時と同じ要領で帰るしかないので、彼はこちらに背中を向けて窓辺へ向かおうとした。
 ありがとうございましたと言って別れるつもりだった。だが──
「……待って」
 思いがけない言葉が口をついて出た。何とか声を絞り出して、隼人は立ち去ろうとする人を引きとめた。
「傍に居て……」
 一瞬、ガクンと肩が震えるのが見えた。足を止めてのろのろと振り返った尊は喘ぐように尋ねた。
「本気で言ってるのか」
「本気だよ。今夜だけでいいんだ、オレの傍に居て欲しい」
 困惑しているのが伝わってくる。彼はどうしていいのかわからないというように首を振った。
「俺が居て、それでどうする?」
「どうするって……迷惑なのはわかってるけど、でも……」
 ここにきてようやく隼人の想いをはっきりと察したらしい尊だが、彼はあくまでも拒否の態度を示した。
「それはまずいだろう」
 胸を突き刺すような鋭い痛みを感じて、隼人はうつむいた。
 思い過ごしだった、何もかも──
「ごめんなさい。やっぱり帰……」
「もしもこの部屋に残ったら、俺は冷静でいられなくなる。何をするかわからない、自分が抑えられないと思う」
 ハッとする隼人に熱い視線が投げかけられて、こみ上げてくる喜びに身体が震えた。
「それでもいい、一緒に居たい」
「……わかった」
 変身を解き、ベッドの脇まで戻って屈み込んだ尊は隼人が差し出した右手を強く握り締めた。
「ゆっくり休むことはできなくなるぞ」
 うん、と頷く隼人の頬に優しく触れたあと、尊はそっと唇を重ねてきた。
「……好きだ」
「海……尊……さん」
 ──二人が出会ったあの日、新人のガキが来たという程度の認識だった尊は指数がどうのこうのと、立花が隼人を持ち上げるのを見ても冷淡な態度を取り続けていた。
「面倒を見てくれと社長に頼まれたときは正直言って、やっかいなヤツを押しつけられたと思ったぐらいだ」
 そんな、とふくれっ面をする隼人の額をこづいて、尊はもう一度キスをした。
「だが、おまえと一緒にいるうちに気持ちが変わった。きっかけはおまえが話したトラウマの一件だ」
 断られた辛さを気が弱いからと感じる必要はない。本当の優しさを持つ者、誰かのために頑張る力を出せる者こそが精神的に強いのだ。隼人の指数が高いのはそんな彼の精神の強さだと尊は語った。
 そして隼人の持つ優しさに触れた尊は自分が癒されていると感じた、そう話した。
「おまえと一緒にいると、尖っていた自分が安らいでいくのがわかった。俺はずっと肩肘を張って生きてきたから……それが友情とか仲間意識ではなく、特別な感情に変わるのに長くはかからなかったが、男を相手にこんな想いを抱いていいものかと悩んだ」
 その気持ちは自分も同じだったと隼人は頷いた。
「それでもおまえがバイトを辞めると言い出したときは目の前が真っ暗になって、悩みなんぞ吹っ飛んだ。辞めさせたくない一心で、家庭教師の案を考え出したってわけだ」
 社長はうすうす気づいているようだったと言い、苦笑いをする尊の告白に、喜びと感動で身体中が熱くなった。
「バトルモードの練習のとき、特訓とはいえおまえが怪我をしたのを見て理性の箍がはずれてしまった。エネルギーコントロールの指導をしていながら、自分の気持ちがコントロールできないなんて、俺は最低の指導者だ。傷つけたのと、あんな真似をしたせいでおまえに嫌われたかもしれないと思い、後悔でますます自己嫌悪に陥った」
 隼人はあくまでも仲間だ。せっかく現れた指数の高い後輩に、この先チームを組むであろう大切な人材に親しみ以上の感情を抱いて嫌われてはいけないと、尊は自分に言い聞かせるようになった。
 隼人に対する態度が冷たく感じられるようになったのは彼が気持ちを抑え込み、制御していたからだ。
「オレもずっとずっと好きだったのに、すごく嬉しかったのに、自己嫌悪だなんて……そんなふうに想ってもらえたなんて、今でも信じられないんだ」
「それは俺のセリフだ。俺の方こそ、未だに信じられない」
 舌を絡め合い、二人はひたすらに長いキスを続けた。それから隼人の上に覆いかぶさるようにすると、尊は額に、瞼に、頬に、そして首筋に何度もキスの雨を降らせた。
「こんな日がくるとは夢にも思わなかった。おまえも俺を想っていてくれたなんて……この腕に抱けるなんて……」
 震える指がシャツの裾にかかる。露わになった肌に触れながら、尊は溜め息をついた。
「キレイだ」
「そんな、恥ずかしいよ」
 指が、唇が、舌が滑り落ちる。胸元から伝わる初めての快感に、隼人は小さく喘いだ。
 しばらく愛撫を続けたあと、尊は自分の服のボタンに手をかけた。引き締まった身体が目の前に現れ、隼人の動悸はますます激しくなったが、背中から首筋、腕に残る残酷な傷跡に息を呑んだ。
「この傷を見たのは医者と看護師、それにおまえだけだ」
 腕の傷に触れ、隼人はそこに口づけた。
「俺のすべてを受け入れると言うのか」
「だって、大好きだから」
「本当に可愛いヤツだ」
 髪を撫でながら、尊は優しい瞳で隼人を見つめた。背中が開く冷たい金属製のロボットなどではない、触れ合った彼の肌は温もりを持った男のものだった。
 肌に触れるその手が下へと伸びると、隼人は小さく震えた。
「ここ……触ってもいいか?」
「う、うん……」
 興奮と緊張で張り詰めたものが優しく揉みほぐされていく。それを尊の手に委ねた隼人は押し寄せる快感に喘いだ。自分でするのとは違う、触れられる喜びがあった。
「あ……ん……」
「もっと強い方がいいのか」
「もっと、って……あっ、出ちゃう」
 隼人が放ったものをためらわずに舌で拭ったあと、尊は背後から秘密の場所をまさぐり始めた。
 いよいよか、高まる緊張からリラックスしようと、隼人は余計なことを口走った。
「お医者さんなら、どこが気持ちよくなるのかわかっているんだよね」
「さあな。専門課程に入ったばかりで、この辺りの臓器というか、器官についてはそれほど詳しい知識はない。もちろん初めての行為で実践経験も皆無だ」
 あそこも器官のひとつだけど……訊くんじゃなかったと後悔する。
「知識はないが、おまえがしてもらいたいようにするつもりだ。どうすればいい」
「どうするって……よくわかんないし、お任せする」
「やっぱりイヤだなんて言うなよ」
 指がとうとうそこに触れた。
「全身の力を抜いてみろ」
「うん……」
 頑なになった部分を少しずつ押し広げて、やがて中へと入り込む。想像していたような痛みはなく、隼人はホッと息をついた。
「触診だな」
「これぞ本当のお医者さんごっこ」
 照れがあるからか、二人揃ってつまらないことを言い合う。
「しこりのようなものがある。ポリープかも」
「やっ、やめてよ」
「良性なら大丈夫だ」
「そんなの……」
「冗談だ」
 医者の冗談は笑えない。
 むくれる隼人だが、尊の指の動きが激しくなるにつれ、冗談どころではなくなってきた。
「あっ、そこ」
「この辺りがいいんだな。じゃあ」
「やっ、ん」
 しばらく刺激を続けていた尊だが、しどけない隼人の姿に我慢できなくなったようで、とうとう自分自身を入れてきた。
 強く激しい興奮からオスと化した彼の端正な顔立ちに欲情がたぎり、さっきまでの冷静な表情からは想像できないほどだ。
「狭い……が、何ともいえない良さだ」
 眉をしかめて呟く尊、これまでとは違う侵入者の重みと熱さに、隼人は小さな悲鳴を上げたが、階下の両親に聞かれてはマズイと慌ててシーツを噛んだ。
「んー、んん」
 喘ぎ、乱れる隼人に掻き立てられたのか、尊はさらに腰を激しく動かした。彼の汗がこちらの肌に流れ、その熱を感じて隼人はまた声を上げた。
「もっと、もっと」
 ベッドの軋みが一階に伝わってはいないかという不安にかられてはいたが、そんな不安はいつしか消し飛んでいた。二人が繋がった部分は熱く、気が狂いそうになるほどの快感に襲われる。
「はあっ、あーっ」
 喜びの頂点が訪れると、頭の中が真っ白になった。隼人は尊の名前を叫び、尊もまた隼人を繰り返し呼んだ。
 心地よい疲労に身を委ねたまま、ぐったりとしている隼人を抱き寄せてキスしたあと、尊はそっと囁いた。
「今度こそ、ゆっくり休め」

    ◇    ◇    ◇

「隼人! いつまで寝てるつもりなの、早起きして勉強するはずじゃなかったの? さっさと起きてこないと、学校に遅刻しても知らないわよっ」
 母の罵声に飛び起きた隼人はそれから辺りをおずおずと見回した。身体がだるくて頭もボーッとしているが無理もない。深夜の捕り物帖のあと、ここで初めての激しい「愛の語らい」をしたのだから。
 愛の語らい……何て恥ずかしい表現だろう、背中がむずむずする。
 隣で眠っていたはずの尊が見当たらない。車は外へ置きっぱなしだったし、夜が明けないうちに急いで帰ったのだろうと推察した隼人は慌てて支度をすると表へ飛び出した。
 電車の中で携帯電話にメール到着の知らせを見た隼人がそれを開くと『昨夜はありがとう』の文面が踊っていた。
(尊さんだ。メールは苦手だって言ってたのに、ガンバって送ってくれたんだ)
 ハートが熱くなる。返事を送ろうと入力していると、別の用件が届いた。
(立花社長からだ。今度の土曜日に緊急会合を開きます、か。何だろう)
 大切な通信手段が盗聴されていたのだから、会社としても何か手を打たなければならないのだろうと思うが、それよりも「愛の語らい」のあとの、初めての再会にどんな顔をして会えばいいのかと隼人はいらぬ心配をした。考えただけで胸がドキドキする。
 その一週間、彼は当然ながら勉強が手につかなかった。

    ◇    ◇    ◇

 新しい真っ赤なTシャツに腕を通すと、隼人は意気揚々と事務所に向かった。
「十文字さん」
 彼を待っていたのは園田真奈の恐ろしげな顔だった。あまりの迫力にタジタジとなる。
「はっ、はい、何か?」
 そんな様子では「そのシャツお似合いですね」と言うはずもなく、
「報告書が出ていませんけど」
「あっ、忘れてた。すいません」
「貴方には他に始末書も書いていただきますから、そのおつもりで」
「始末書ですか? 何でまた……」
「指令のない勝手な行動及び、ベルトの無断使用です」
「あれは、でも、その……お蔭で放火の犯人が……」
「放火犯の捕獲は依頼された業務に該当しません。社長の独断です」
「そんなぁ」
 ピシリッと鞭が鳴ったような気がして隼人は首をすくめ、言い訳をやめた。
 これぞまさにヘビに睨まれたカエル、机に縛りつけられ、しょんぼりしながらペンを手に取る。
 しばらくすると廊下で大勢の声がした。楽しそうに笑いながら入ってきたのは風音、北斗、俊平の三人組で、さんざん盛り上がっていた彼らは隼人を見てきょとんとした。
「あら隼人くん。もう来てたの、早いわね」
「どないしたんでっか、その派手な服は」
 肩越しに覗き込んだ北斗に至っては、
「始末書か。何やらかしたんだ?」
 などとからかうので、隼人はますます情けない気持ちになった。
「皆さん、廊下ではお静かに」
 睨みを効かす真奈の姿に「すんまへん」と身を縮める俊平、だが、北斗はといえばどこ吹く風で「そんでさー、社長はまだかよ」と文句を言った。
「これからデートだったのにドタキャンしちゃって、またカノジョに怒られちゃうぜ」
(とか何とかいいながら、しっかり霧島さんの様子を気にしているあたりが可愛げあるよな。こいつもそんなに悪いヤツじゃない)
 苦笑いする隼人は次に事務所へ入ってきた人物にドキリとした。
 もちろん尊だったのだが、いつもの黒装束ではなく、赤のハイネックシャツの上に白いジャケットを羽織るというスタイルで、トレードマークの帽子も被っておらず、居並ぶ面々を驚かせるには充分過ぎるほどの変化だった。
 室内は一瞬にして静まり返る。呆気に取られる人々には構わず、ただ一点を──隼人だけを見た彼はすぐ目を逸らしたが、照れていたようにも思えた。
「海城はんも赤着て、隼人はんとお揃いや」
(お揃いなんて……ペアルックかって)
 俊平の何気ないセリフにうろたえる隼人、尊も同じ思いなのか、目が泳いでいる。
 そこへ立花が登場したので、それぞれ席に着いたが、尊はじつにさりげなく、隼人の隣を確保した。傍に来てくれた、それだけで嬉しさがこみ上げる。
「赤も似合いますね」
「そっちもな。本来はおまえの色だ」
 おまえの色──だから赤を着てみたかったというのか。またひとつ、尊との絆が深まった気がした。
「この会議のあとででも勉強をやるか」
「うん」
 勉強が終わったら、それから……またしてもいけない妄想をした隼人は「オレって欲求不満なのかも」と恥ずかしくなった。そういう年頃とはいえ、この前のアレで、男同士の関係に味をしめたというのか。
(まるで発情期の、さかりのついたネコじゃないか。清く正しいヒーローとして、あるまじきことだ。でも、やっぱり尊さんと一緒に居たい……)
 そんな心情を見透かしたように「俺の部屋に来るか」と尊が訊いたので、隼人はコクコクと何度も頷いた。
『家庭教師と生徒の危ない関係』
 エッチビデオの宣伝文句みたいだ。
「先生のところでしごいてもらう、徹夜で勉強してくるって母さんに言うよ」
「嘘のうまい、とんでもないヒーローだな」
 冷やかすように言いながらも尊は嬉しそうだった。
 ようやく立花の口上が始まった。
「お忙しいところをお集まり願いまして大変申し訳ありません。あと三名の方が到着していませんが、先に始めましょう」
 立花は運んできた箱から何やら取り出したが、それは新しい携帯電話だった。
「緊急に集まっていただいたのはこの携帯電話型通信機のことです。先日我々が扱った業務で、この電話が盗聴されるという事態が発生しました。これは絶対に盗聴されないという信頼の元に業務を行っていたわけですから、我が社にとっては由々しき問題です」
 高森による放火事件のあと、ドリームクリエイト社とM&G、それに立花が加わっての協議の報告が続く。
「当然のことながら、各社に勤務する者についてのコンプライアンス意識の向上、及び社員教育の徹底を計ることとし、二度とこのような不祥事が起きないよう、再発の防止を心がけることで意見が一致しました」
 国会の答弁を聞いているようだ、北斗が欠伸をするのが見えた。
「さて、事件が起こる以前からドリームクリエイト社では既に新しい電話の開発に着手しており、この度それが完成したという次第であります。霧島さんからの業務改善案を受けて、着信メロディーの種類も増やしたとのことですので御承知ください」
 周波数帯の設定を固定にすると、また盗聴される危険性があるために、不定期にそれを変更して防ぐ云々……の説明が加えられたが、例によってちんぷんかんぷんの隼人はまたしても「そんなんできるんですか」状態だった。恐らく他の連中もわかってはいないだろう、理解できるのは尊ぐらいか。
「それではこの新しい機種を配りますので、古いものと交換でお願いします」
 電話機の配布が終了すると「他に皆さんの方から何かございますか」と訊かれたので、挙手をした隼人はベルトのボタンについての改良を申し立てた。
 高森に二度もボタンを押され、そのせいで窮状に陥ったが、尊によって助けられたこともあるので、その辺はどうしたらいいのかと訊くと、
「ベルトを着けた当事者以外の者がボタンを押しても、時と場合によっては無効になるという形にすればよろしいわけですね。わかりました、さっそく次の会議で取り上げておきましょう」
 手にした手帳に立花がメモをしていると、廊下から男物の重い靴音と、女物のピンヒールの音がして、ピンクの超ミニを履いた金髪のケバケバしい女が現れた。
「ごめんなさーい、遅くなっちゃった」
 女の後ろから顔を出したのはがっちりした体格の男で、どちらも二十代半ばといった感じである。
「あっ、マリアはんや」
「あーら俊平じゃないの。お久しぶり、元気だった?」
 あたりかまわず嬌声を上げるこのグラマラス美女が登録ナンバー六番の香西マリアで、タバコをくわえて所在なさそうにしている髭面が五番の上川吾郎だと、隼人はのちの自己紹介で知った。
 マリアはコンパニオン、吾郎は警備員という職業を持っており、ここでの仕事は副業ということらしい。ちなみに吾郎のエナジーカラーは緑で、マリアはピンク。納得のいく色である。
 マリアの存在が気に入らないらしく、真奈がますますムスッとした顔でパソコンのキーを叩いているのが申し訳ないほど笑えた。
「お休みのところ、お呼び立てしてすいませんでした」
 傍若無人な振る舞いにも関わらず、立花は笑みを絶やすことなく、もう一度さっきの説明を始めた。
「まあ、盗聴されてたなんて、こわーい」
「おまえのいやらしい会話が聴かれていたんじゃないのか」
「やっだー、吾郎のエッチ」
 本当にこの人たちが選ばれたヒーローなのだろうか? 
 血圧計もどきのエナジー指数を決定する機能は正しく作動しているのかと呆れていると、事務所のドアをノックする音が聞こえてきた。
「白鳥です、ただ今到着いたしました。遅れて申し訳ございません」
 バカ丁寧な挨拶と共に入ってきたのは色白で華奢な体格の若者だった。
 男にしては高めの声に上品な顔立ち、赤みがかかった栗色の髪は波打ち、真っ白なスーツを着こなしているあたりはまるで白馬に乗ってやってきた王子様の風情だが、場違いというかお門違いというべきか、けったいでとんちんかんな男の登場に、隼人は呆気に取られてしまった。
「これはこれは、皆様ご機嫌うるわしゅう」
 にこやかに笑顔を振り撒き、某歌劇団の男役のようなポーズをとるこの男が登録番号七番こと007の白鳥徹で、カラーは当然のことながら白である。
(白っていうことはオレと尊さんの次の、三番目に指数が高いのってこの人? 言っちゃ悪いけど、とてもそんなふうには見えないよなぁ)
 個性派揃いを通り越してとんでもない集団と化した仲間たちに不安が募る。
「これでフルメンバーなのかな、何だかスゴイことになってきたような……」
 思わず呟く隼人を見やって尊が微笑んだ。
「ますます仕事が楽しくなりそうだな」
                             〈覚醒編 おわり〉