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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

PROMISEHERO009(覚醒編 BLVer.)③

    SCENE №003

 次に二人が向かったのは『ひまわり保育園』、午後はこの場所にて、さっきのふたば保育園と同じイベントをやるのだ。
 駐車場に車を入れると、先に到着した三崎たちが準備をしている姿が見え、尊はといえば、携帯電話を取り出してどこかに電話をかけ始めたが、よく見るとその電話機が黒っぽく光っているのに気づいた。
(あんな機種、あったっけ?)
 自分の知らない、新発売されたものかもしれない、などと考えていると、こちらを向いた尊は「ヤツらに連絡がついた。行こう」と促した。
 車を降りて向かったのは保育園の建物から少し歩いたところにある公園だが、土曜の昼間にしては小学生らの姿もなく、所在なさそうにしている男女が目についた。シグナル三人組と見て間違いない。
 三人は隼人たちに気づくと、サッと緊張した面持ちになったが、それは初対面の自分ではなく、黒服の男のせいだとすぐにわかった。彼らは尊に対して、どうやら畏怖の念を抱いているらしいが、当人のキャラクターを考えれば納得のいく反応である。
「かっ、海城さん、こんにちは」
「ご無沙汰してます」
 それらの言葉を口にしながら、三人は尊、次に隼人の面に視線を走らせたが、その内の女が「あっ」という叫びを漏らした。
「十文字くん! 二組の十文字隼人くんでしょ?」
 そう問われた隼人は見覚えのある顔、シグナルイエローの正体にたまげてしまった。
「えっ、もしかして、三組の……霧島さん?」
 黄色のチュニックに黒いクロプトパンツを履き、髪を肩まで下ろしたこの少女こそ、同じ羅斐田高校に通う女子高生であり、校内でも美少女で評判の学園アイドル・霧島風音(きりしま かざね)だった。立花の話していた羅斐田高の生徒とは風音のことだったのだ。
「なーんだ。九番って、風音ちゃんの知り合いかよ」
 そう言って面白くなさそうな表情をしたのは自分と同じぐらいの年齢の若者で、こいつがシグナルブルーだと見当をつけた隼人は穴のあいたジーンズに迷彩色のタンクトップを着た、褐色の肌の男をまじまじと見た。
 ウェーヴのかかった長めの髪を金色に近い茶色に染め、耳朶にはピアス、首にはシルバーのチェーンが光っているが、その格好が充分サマになるイケメンである。
(うへー、派手なヤツ)
 今でこそヒーローを演じても違和感はないが、ひと昔前なら『不良』と呼ばれて、絶対に正義の味方にはなり得なかったタイプだ。
「さっきの連絡で名前聞かなかったの?」
 ブルーの問いかけに、風音は不服そうに唇を尖らせた。
「園田さんったら人が悪いわ。今日登録した九番の人がそちらに行きますから、一緒に仕事をしてください、としか教えてくれなかったのよ」
「まあまあ、二人とも。ともかく自己紹介しまひょ」
 風音をなだめるように、割って入ってきたのはシグナルレッドならぬオレンジで、彼はニコニコと愛想のいい、丸まっちい笑顔を隼人に向けた。
「わて、大岩俊平(おおいわ しゅんぺい)いいます。登録番号は八番で、この四月に入ったばかりでんねん。じつは大学受験に失敗しましてなぁ、大阪から出てきて今は予備校に通うとるんですが、この世の中、先立つものなしではどうにもあきまへんのや。その点、ここのバイトは割がエエし、時間の都合もつきやすいさかい、有難いこって。ま、よろしゅう頼んまっさ」
 オレンジ色のTシャツにグレーのサーフパンツがはち切れそうな肥満体の男、大岩俊平は一気にまくし立てたあと豪快に笑ったが、そのセリフは「予備校生がバイトなどしている場合か」という突っ込みへの回避だとわかると、隼人は「そうですか」と同調し、曖昧に笑う他なかった。
「じゃ次、オレね」
 シグナルブルーは売虎(うるとら)学園二年の諸星北斗(もろぼし ほくと)と名乗った。
(えっ、オレとタメなの?)
 この男も高校生だったとは、と思わず目を見張る隼人、だが、自由な校風がウリで、芸能人も多数在籍する私立の男子校・売虎学園に通っていると聞いて納得がいった。そこの学校なら、北斗のファッションもヘアースタイルもごく普通の生徒、なのである。
「登録ナンバーは004(ゼロゼロフォー)……」
「もう、北斗くんたら。四番って言わないとまた園田さんに怒られるわよ」
 風音が北斗を睨む真似をしてみせる。ということは、彼女の登録番号が三番だ。
「だってさ、四番なんて超ダサくて、やってられねえよ。004の方が絶対にカッコイイし、なあ?」
 北斗は俊平に同意を求め、相手がそうや、そうやと頷くのを見てニヤリと笑った。
「電話番号もそれなんやし、わても八番より008の呼び方を支持したいところやけど、真奈はんが……」
「そうよ。あの人に逆らうとどんな目に遭うか、覚悟した上で名乗るのね」
 それにしても何とまあ、個性派揃いのチームなんだろう。呆気に取られていた隼人は俊平に促されて、慌てて自己紹介をした。
「十文字隼人といいます。霧島さんと同じく羅斐田高校二年です。登録番号はお聞きになったように九番です。今日の午後の部から、皆さんのチームに加わるよう指示を受けましたので、よろしくお願いします」
「十文字なのに九番とはこれいかに、やな」
 関西人のチャチャがすかさず入る。
 さっきから隼人を値踏みするように眺めていた北斗は「けっこうイイ男じゃん、オレには負けるけど」と言い、「せやな」と俊平も改めてこちらを見た。
「男衆は皆、男前揃いやし、風音はんは別嬪やし、わて肩身狭いわ」
 一応は自分へ向けられた讃辞らしきものに、どうも、と軽く頭を下げた隼人へ北斗の次なる質問が飛んだ。
「でさ、エナジーカラーは何色? ベルトつけてみたんだろ」
「えっ? あ、赤ですけど」
 そのとたん、辺りの空気が変わった。
「赤……ですって?」
「マ、マジかよ」
「こりゃ、ほんまもんのシグナルレッドや」
 驚きを隠せない風音と北斗、おどけた様子をみせながらも、俊平も動揺しているのがわかる。エナジーカラーは赤である──それがそんなに驚くべきことなのかと、さっきから黙ったままの尊を振り返ると、彼は表情を変えずに頷いた。
「エナジー指数の数値に比例して、カラーのランキングがある。白に黒、赤は金や銀に次いで高い数値の者が持つ色だ」
「それじゃあ海……」
「俺は黒だ」
(やっぱり)
「金や銀に該当する者は誰もいない。今のところ最高値のおまえが赤なのだから、まあ、当然だな」
「そっか……」
 二人の何気ない会話はさらに、その場に爆弾を投げつけたような威力があった。
「ええっ! 指数が最高値だって?」
「ほな、海城はんより高いってことでっか? そげな、アホな……」
 指数の高さというのは隼人が思っている以上に、彼らにとって重大事項らしく、三人のこちらを見る目がたちまちのうちに変わったため、居心地が悪くなった隼人はもぞもぞと身体を動かした。
 その時、ピピーッと機械音が鳴り響き、全員が一斉に携帯電話を取り出した。
 音を立てていたのは尊の電話だった。相手と二言三言会話した彼は「事務所に戻らなくてはならない。あとでまた来るから、それまで頼む」と言い残し、足早に立ち去った。
「忙しい人やな。まあ、一人で会社背負っとるわけやし、しゃあないな」
 呆れたような、感心したような声でそう言い、尊を見送った俊平は「あれ、隼人はんはケータイ持っとらんの?」と訊いた。
「えっ、ここにありますけど」
 隼人がポケットから取り出したS社の電話機を見て、
「いやいや、それちゃうって」
 俊平は首を横に振ると、自分のところへ電話をかけるよう、風音に合図した。
 呼び出し音が鳴り出したとたん──さっきの尊の電話と同じ音だ──それはオレンジ色に光り始めた。よく見ると、尊が持っていた黒く光る機種と同じである。
「ドリームクリエイト社製のケータイや。普通のケータイと同じように通話もメールもオッケー、パケット料金も全部会社持ちの、ありがたーい電話やで。ただし、アダルトや出会い系みたいな危ないサイトへのアクセスは禁止やさかい、注意せなあかん」
 俊平は電話機にスリスリと頬ずりしてみせた。先立つものがない彼にとってはすべて無料で使えるというのが余程嬉しいらしい。
 俊平のあとを受けて、風音が補足した。
「そうね。普段は一般の携帯電話と同じように使えて、それに特別機能がついてる、ってとこかしら。仲間同士の通信や、事務所からの連絡のときだけは今みたいに、自分のエナジーカラーで光るからわかりやすいの。盗聴されない電波を使っていて、それが光る仕組みに関係ある、だそうよ」
「ただし、そのときの着メロが一種類しかないのは難点だよな。誰の電話が鳴っているのか、光ってるヤツを確認するまでわかりゃしねえ。すっげー不便だぜ」
 それでさっきは四人が一斉に電話を取り出したのか。
「それならワタシ、この前の業務改善案で提出した書類に書いておいたけど」
 ちなみに風音は才色兼備でも有名で、全校男子生徒の憧れの的である。まさにヒーロー物や少年マンガに出てくるヒロイン像そのものだ。
「さぁて、いつになったら改善してくれるのか、アテにはならねえな」
「ほんまに……ほな、隼人はんはまだ貰うてへんのやな」
 貸与されたのはベルトだけである。タダで使える電話をよこさないなんてと不服そうに頷く隼人に「どうせ今日はオレたちと一緒だから、持たせなくてもいいと思ったんだろうよ」とあっさり言ってのけた北斗はそれから、目をぎらつかせて問い詰めた。
「それより、指数が最高値ってどういうことだ? 本当に海城より上なのか?」
 当人がいなくなったとはいえ、年上の先輩をつかまえて呼び捨てとはいい度胸だ。社長の言うところの、礼儀正しくない高校生はこいつだと隼人は確信した。
「海城さんの数値は知りませんけど……」
「だから、おまえは幾つだったんだよ!」
「たしか……三百二十七、だったかな」
 再び空気が凍りついてしまった。
 不愉快そうな顔をした北斗は「機械の故障じゃないのか」と毒づいた。
「あんな、血圧計のでき損ない。とっくに壊れてンだよ」
「それはないと思うわ。だって、カラーが赤ってことは指数が高い証拠でしょ」
 風音が隼人の肩を持ったせいで、ますます不機嫌になった北斗は先に会場へ行くと言って、とっとと歩き始めた。
「あん、もう、北斗くんてば待ってよ!」
 慌ててあとを追う風音、俊平は申し訳なさそうな顔をして隼人に囁いた。
「すんまへんな。北斗はんはプライドが高くて……いっつも、海城はんにライバル意識むき出しでんねん。本人の前じゃあ、おとなしゅうしとりますけどな。せやさかい、隼人はんにも突っかかるんですわ」
 北斗のエナジー指数は二百二十一で、三百十八の尊ともう一人の二百六十五に次いで高い数値だったのが、あとから入った隼人に抜かれて四位に転落したのが相当ショックのようだ。
「わてなんか、やっと百を超えて採用されたぐらいで……百五十三の風音はんよりも低い数値やし、お二人をライバル視なんて滅相もありまへんけど」
「数値の高さがそんなに重要なんですか? とりあえず百を超えればいいと思うんだけど、それじゃあマズイのかな」
 公園にとどまっていても仕方がない、二人に続いて歩き出した隼人と俊平はあれこれ会話しながら、保育園までの道程を進んだ。
「いやいや、百ちょっとじゃあ、とうていあきまへんわ。あんたには無理でっせ言われて、大きな仕事は任されまへん」
 それは車の中で尊が語った、指数の低い者が難易度の高い仕事を希望しても却下されるという件のことだ。
「そうです、大きい仕事はそれだけ時給もよろしいからな。昨夜の事件なんて、海城はん以外は誰もこなせまへんけど、まあ、そら当然ですわな」
 昨夜の事件とはいったい何だと問うと、俊平は声をひそめた。
「ニュースで聞いとりまへんか? パチンコ屋の売り上げを狙うて、人質までとった強盗犯をやっつけたんは海城はんでっせ」
 そのとたんに、隼人の脳裏にビルの電光掲示板の文字が甦ってきた。
──『パチンコ店を狙った連続強盗、犯人を逮捕。人質は無事解放』
「そんな、まさか!」
「そのまさかでんがな、極秘の依頼でチャチャッと片づけたそうや。もちろん、テレビや新聞に名前が出ることはありまへんで、大問題になるさかいに……」
 一般人に素顔を見せてはいけないという尊自身の言葉を思い出しながら、隼人は慄然としてしまった。
 隼人の顔色を探るように見ていた俊平は「もちろん、警察が手を焼くような事件の依頼は滅多にありゃしまへん」と言い訳した。尊以上に指数の高い者、すなわち隼人が同様の仕事にまわされるかもしれないという、相手の危惧を慮ってのセリフだろう。
「それに、あの社長はんはこっちがやりたがらん仕事を強制的にやらせる、なんてことはしまへんし、拒否したから言うて辞めさせることもありませんから、安心ですよって」
 ともかく、尊はそのような大仕事を終えたあと、自分に付き合って休む間もなくここまで来て、今またさらに何かの用事を頼まれたということになる。そうと考えると、隼人の胸は再び微かな痛みをおぼえた。
 前を歩く北斗と風音の後姿の向こうに保育園の建物が見えてきた。俊平は口頭でベルトの使い方を説明した。
「黄色のボタンがスーツ装着、というのはよろしいな? そしたら青のボタンを押します。これはノーマルモードいうて、スーツの働きによって、何の経験がなくても勝手に立ち回りができるようになっとります」
「スーツに任せておけば身体が動いてくれるということですか」
「そうです。せやさかい、わてみたいな運動音痴でも、自由自在にカッコええポーズがとれるっちゅうわけですわ」
 それを聞いて隼人は納得した。バイトを始めるにあたって、研修はおろか何の手ほどきもなしに、ズブの素人を送り込んだ立花たちだが、それはベルトの機能にお任せで済むから、という裏づけがあったからだ。
「赤のボタンは?」
「バトルモードです。闘いの能力を上げてくれるらしいんですが、使うたことはありませんから、ようわかりまへん」
 またしても不安が隼人の心中をよぎった。
 それは命を賭けるような場面に──例えば強盗の逮捕──使われる機能ではないのか。その機能を使う羽目になる任務を負わされているのは今、尊一人ではないのか。
「セリフはそうやな、北斗はんにリードしてもらえばええでしょう。この仕事はもう何遍も経験してるベテランやから。まあ、あとは適当に合わせてやってみればよろしいわ」
 その場に集まる人々に顔を見られてはならないため、建物の裏に到着した四人はそれぞれベルトをつけると、スーツを装着した。
 隼人のカラーが本当に赤だと確認すると、その姿に一瞥をくれたあと、北斗はおもむろに言い放った。
「そんじゃ、これからはおまえが仕切れよ」
「えっ、そんな……」
 北斗の言葉に、風音と俊平も抗議した。
「隼人くんは初心者なのよ。いきなりそんなこと、できるわけないでしょ」
「せや。そんなん無茶苦茶や」
 すると北斗は「テレビのヒーロー物を見ろよ。レッドが仕切るのが筋だろ」と言ってのけた。
「今までブルーのオレが仕切ってたのがおかしいんだよ」
「でも、いくら何でも」
「こんな仕事もやれないようじゃあ、指数の高さなんてアテにならねえな」
 顔を見合わす風音たち、イベント開始の時刻は目前に迫っている。仲間割れをしている場合ではないと、隼人は決意を固めた。
「わかった。何とかやってみるから、フォローをお願いします」
 やがて大勢の園児たちが園庭にてはしゃぐ声と共に、保育士らしき女が交通安全教室の始まりを告げる声が聞こえて、それと同時に三崎がこちらにやって来た。
「シグナルの皆さん、そろそろスタンバイしてください」
 そこで三崎はふっと眉をひそめた。先刻にはいなかったレッドの存在に目を留めたからで、どうやら一人増えるという連絡は聞いていなかったらしく、風音がそう説明すると、一応は納得した様子で戻って行った。
「さて、ここからはお互いカラーで呼ぶからな。絶対に名前を出すなよ」
 北斗、もといブルーがそう言い、ポキポキと指を鳴らした。
「個人情報の漏洩は厳禁でんがな」
 オレンジが肩を揺すり、イエローが黙って頷く。隼人のレッドは全身に緊張感が高まってくるのをおぼえた。
(オレに務まるのかどうかなんて……やってみなきゃわからないじゃないか)
 派手なクラクションの音、わざとらしい子供の叫び声、女のけたたましい悲鳴──車の怪物たちによる園児への襲撃は順調に進んでいるらしい。
「無駄だ。誰も助けになんか来ないぞ」
 このセリフを合図に、飛び出す手筈になっているのだ。タイミングを計っていたレッドはここぞとばかりに、会場へと躍り出た。他の三人もあとに続く。
「そこまでだっ!」
 ワッと歓声が上がる。大きな拍手が沸いて、観客たちの歓迎ぶりに血が騒いだのは彼の身体の中に眠っていたヒーロー魂が覚醒したのだろうか。
「その手を離しなさい!」
「何だ、おまえらは」
「オレたちは交通ルールを守る正義の使者、交通戦隊シグナルレンジャーだ! これ以上勝手な真似は許さないぞっ」
 午前中のイベントにおけるブルーの様子をすべておぼえていたわけではないが、思ったよりもすらすらとセリフが出てくる自分に、レッドは驚きを感じていた。
 身構えると、彼と同様に仲間たちも決めのポーズを取る。園児たちは大喜びで、シグナル──信号は言うまでもなく三色である──より一人多い四色・四人にも関わらず、信号ではないというブーイングも聞かれない。さっきのふたば保育園での反応とは随分と違っているのがわかった。
「生意気な、やっちまえ!」
 敵のボスである、ダンプカーの怪物が気炎を上げて、仲間たちをけしかける。セダンにワンボックス、宅配の軽トラックなどが一斉に襲いかかってきた。
(げっ!)
 あっという間に乱闘シーンへ突入したはいいが、思うように身体が動かない。
「ガンバレ、レッド!」
 子供たちの声援を受けて、ますます焦るレッドにイエローが囁いた。
「ボタンよ、青のボタン」
 押してみると、とたんに身体が軽くなったのを感じて、彼は驚いた。スーツが自分の身体をリードして動かしている、そんな感じだ。
 まるでそれが意思を持ったように、こちらが思うよりも早く殺陣のポーズをとってくれる。これなら訓練を受けた役者でなくても立ち回りは可能である。華麗なアクションを決めることができて、なかなかいい気分だ。
 周りを見る余裕も出てきて、レッドは観客の後方に尊が立っているのを発見した。
(海城さん、戻ってきてくれたんだ)
 さらに気持ちが高揚して、彼にいいところを見せてやろうと張り切り出したレッドだが、次の瞬間、軽トラックの怪物が右脇腹に突進してきて思わずよろめいた。
 ガクンッ!
 激しい衝撃が全身に走り、レッドの身体は前につんのめった。骨盤でも骨折したのかと焦ったがそうではなく──そんな重傷を負えば、立ってはいられないはずだが──一瞬の出来事で、また元通りになると、お返しだとばかりに、軽トラックに蹴りを入れた。いや、実際に蹴ったわけではなく、あくまでも殺陣のレベルのつもりだった。
 ところが軽トラックの着ぐるみの男は軽々と吹っ飛び、何てオーバーアクションなんだと思いながら視線を移すと、大方の怪物は既に降参のポーズを取っていた。
「さあ、これで悪いヤツらは全部やっつけたぜ。みんな、もう安心だ」
 いつの間にかブルーがちゃっかりと仕切っている。レッドに任せると言っておきながらも、今まで自分がやってきた仕事であるし、役を取られたようで悔しくなったのだろう。
「ちくしょう、おぼえていろよ!」
 ボス格のダンプの捨てゼリフを合図に、怪物たちは退却を始めたが、さっきの軽トラックが動かないので、ワゴンとミキサー車が両の腕を持ってずるずると引きずり、その様子が面白いと、子供たちには大受けだった。
 ここからはお決まりのセリフ、交通ルールについて順番に語ったあと、人々の拍手に送られたシグナルの四人も退場したが、去り際に再び目をやると尊の姿はなく、またどこかへ呼び出されてしまったのかとレッドは軽い失望感をおぼえた。
 さて、建物の裏に戻ると、イエローは興奮した様子で「レッドが入ると違うわね。ほら、子供たちの反応よ、こんなに盛り上がったのは初めて。やっぱり赤がヒーローの色なのよね」とのたまった。
 この女、頭がいい割には場の空気が読めないらしい。レッドの加入が影響したことなど皆、承知しているのだが、
(それを言っちゃ、おしまいだって)
 当のレッドは当惑してブルーを見た。彼の不機嫌がピークに達しているのは明らかで、オレンジも同じ思いなのか、おどおどとそちらを見やっている。
「まっ、どーせオレは……」
 ブルーがひねくれた口調で何かを言おうとした時、三崎が物凄い顔つきをしてこちらにやって来た。
「ちょっとキミたち、ヒドイじゃないか!」
「えっ?」
 わけがわからず顔を見合わせる四人に向かって、彼はさらに噛みついた。
「本気で蹴るなんて! ウチの高森が脳震盪を起こしたんだぞ」
 高森というのはどうやら、先程の軽トラックの着ぐるみに入っていた学生らしく、今はM&Gの控えの場所で手当てを受けているようだった。
「そんな、まさか」
 イエローたちの視線がレッドに集まるが、レッド自身、そんなヒドイことをしたおぼえはない。何の恨みもない高森氏に脳震盪を起こさせるまで蹴りを入れるなんて有り得ない、考えればわかりそうなことではないか。
「蹴ったのはキミか」
 三崎が憎々しげにレッドを睨んだ。
「いえ、オレは……」
「そこらで勘弁してください、三崎さん。今高森を診てきましたが、あの様子なら大丈夫、精密検査の必要もないでしょう」
 抜群のタイミングで背後から声をかけたのは尊だった。
 医者の卵の言葉に三崎は不服そうな表情をしたが、彼は構わず続けた。
「彼は今日初めて業務に就いた初心者なんです。恐らく立ち回りの最中にバトルモードのスイッチが入って、エネルギーコントロールに慣れていないから暴走してしまったんだと思いますが」
 高森扮する軽トラックがぶつかったはずみで、レッドのベルトの赤いボタンが押されてしまったのだ。
 あの時感じた衝撃はそのせいで、軽く当てたつもりの蹴りが本当のバトル用のキックになってしまったというわけだ。
 M&Gプロダクツの社員だという三崎はこちらの事情にも通じているらしく、レッドと彼のベルトを交互に見た。
「なるほど、キミの言うとおりかもしれないが、通常のエナジー指数で、それも交通安全教室程度の殺陣で、ここまでのパワーが出るとは考えられないけどな」
 ノーマルモードを使っていたつもりがバトルモードに入ってしまったとしても、渾身の力を込めて殴ったり蹴ったりしない限り、大した威力はないという意味である。
「通常のエナジー指数じゃないんですよ、こいつは。何たって指数が三百二十七の、期待の新人ですからね」」
 妬みと嘲りの入り混じった声でそう答えたのはブルーだった。
「しっ、指数が三百二十七だって? それはホントなのか?」
 三崎は驚愕の色を浮かべた。
「それでは海城、キミ以来の……」
 尊は気乗りしない顔で「そういうことになりますかね」と答えた。レッドの指数をバラされてしまったのが不本意だったらしい。
「そうか、それで赤なのか」
 ぶつぶつと呟いていた三崎は「とにかく、これからは気をつけるように」と言い残すと自分のチームの方へ戻って行った。
「大変だったな。もう装着を解いてもいいだろう」
 尊の言葉を聞いて、元の姿に戻ったシグナルチームだが、槍玉に挙げられ、散々罵倒された隼人は憔悴しきっていた。
「今日の仕事はこれで終了だ。今から事務所に戻って報告書を書いてもいいし、家に帰って、後日の提出でもいいと社長は言っていたがどうする?」
 北斗は冷淡な口調で「オレはバイクで来たから、このまま失礼させてもらいます」と言うが早いか、とっととその場を辞去した。
 互いの表情に視線を走らせた風音と俊平も「それじゃあ」と歩き出し、取り残された隼人は小さく溜め息をついた。
「戻るぞ、乗っていけ」
 尊の声が今までになく優しく感じられて、隼人は弾かれたように彼を見た。
「あ……はい」
                                ……④に続く