⓮Mushroom boyに囚われて
第十章 二人の鎌倉 到着のアナウンスの声に促された乗客はめいめいに、開いたドアの向こうへと足を踏み出した。わずかに傾き始めた太陽はホームの上に落ちた影を長く伸ばし、心なしかゆらゆらと歪めてみせる。 最後に降り立った僕は小さくなる列車の後姿を見…
第九章 行方知れずの想い 軽度の頭部打撲と損傷だが、僕が意識を取り戻すまでに丸一日かかった。 そのあとMRIだ何だと、しつこいぐらいに検査を受けたがどこにも異常はなく、この程度の怪我で済んだのは幸運だったと医師に言われた。 一瞬の出来事をよく…
第八章 ボクノキノコニチカヅクナ どんよりとした空は心を映す鏡のようで、目にする度に気が重くなるが、歩みを止めるわけにはいかない。 これで出勤しなければ彼の仕打ちに負けたことになる。有休なんてもってのほかだ、意地でも負けたくない。 昨夜の忌ま…
第七章 残酷な秘め事 壁に掛けられた時計の針はもうすぐ午後七時を指そうとしている。人気のなくなった大会議室はがらんとして、さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。 彼らが肩を並べ、前を見つめ、耳を傾けていた場所、そこにはもちろん誰もいな…
第六章 合コン騒動 新入社員教育が行なわれている六階の大会議室。 そこにいわば『軟禁状態』になっている新入社員たちが階下へ下りる機会は稀であり、一部のお調子者が業務課の講師たちの元へ御機嫌伺いに訪れる程度だ。 社員食堂はないので昼食は弁当を持…
第五章 病みを抱いた者 定時後の業務課デスクにて、 「課長、折り入ってお話があるのですが……」 そう持ちかけると、大塚課長はどうしたのかと心配そうに訊いた。 「この前、僕に本社異動の打診があったと武田課長から聞きましたけど」 「藪から棒だな。詳し…
第四章 その名は『風祭蓮』 呆けている僕をよそに、異様に盛り上がっている宴席は昔観たテレビ番組、それも特撮ヒーロー物の話題で持ち切りだった。 「オレの時代だと、特撮といえば『ミラクルマン』だな。あれはあの当時、最高傑作の呼び声が高くて……」 一…
第三章 他人の空似 会場である厚生年金会館内の会議室に集まったのは男女合わせて十五名。まさに老若男女──老まではいかないが──様々な職種に様々な年齢の人がいて、僕は期せずして名刺交換のシミュレーションの成果を試すことになった。 そこに講師として登…
第二章 キノコ先輩の屈辱 僕が入社した頃は八十名程度だったこの会社も、今年度は従業員数百二十名を超えることがわかり、建物が手狭になるとして、今まで使っていた四階建てビルを売却。その場所から百メートルほど南にある六階建てのビルを手に入れ、昨年…
第一章 古都で出会った少年 五年前の、それは蒸し暑い夏の日だった。 当時、神奈川県内の工業大学に在学していた僕は『失恋を癒すための日帰り独り旅』と称して鎌倉巡りをしていた。 失恋が鎌倉と結びつくあたりが若い男の発想らしくないが、僕はそういう地…
今回より公開の十四作目『Mushroom boyに囚われて』は主人公を代えた前作の続編「のようなもの」です。前作の解説はこちら☟ xifuren2020.hatenablog.jp 前作では㈱システムソリューションズの新人プログラマー・椎名英が主人公で、彼の新入社員としての奮闘…